3歳が“死”を理解し始めた瞬間が、あまりにも尊かった。
最近、息子がぽつりと聞いてきた。
「くるまにぶつかったら死んじゃう?もう会えなくなる?」
その言葉の重さに、思わず息をのみそうになった。 まだ3歳の口から出るには大きすぎる概念。 けれどその瞳は、ただ世界の仕組みを確かめようとしているだけで、 不安でも恐怖でもなく、まっすぐだった。
あの「死んじゃう?」という言葉は、きっと息子の頭の中だけで生まれたものじゃない。 保育園で、誰かが転んだり、ぶつかったり、泣いたりする場面を見たのかもしれない。 お友達同士のやりとりの中で、「危ないよ」「痛いよ」と言い合う声を聞いたのかもしれない。
普段の園での様子は、私はほとんど知らない。 どんなふうに遊んで、どんなふうに関わって、 どんな言葉を交換しているのか、想像するしかない。 その“見えない時間”が少し不安になることもある。
息子は家でおやつを食べるときに必ず「ママどうぞ」と分けてくれる。
そのたびに優しさを感じると同時に息子が私には見えない「社会」で優しさをもって生きていることを想像する。
お友達とのやりとりの中で、 息子は“誰かと一緒にいることの嬉しさ”を知ったのだろう。 「もう会えなくなる?」という言葉もそういうかかわりの中で学んできたのかもしれない。
おやつを分け合う優しさを知っているという事実が、 息子がちゃんと誰かとつながって生きている証拠だと思えて、 胸の奥がすこしあたたかくなった。
息子の世界は、私の知らないところで静かに広がっている。 その成長を感じられることが、ただうれしい。
「死んじゃう?」という言葉は、決して恐怖だけではなくて、 誰かと関わる中で芽生えた“つながりの感覚”なのだと思う。 大切な人がいて、その人と離れることを想像できるようになった。 それは、息子が誰かをちゃんと“好き”になっている証拠でもある。
保育園での時間は、私には見えない。 でも、見えない時間の中で息子は、 おやつを分けてもらい、 泣いている友達を心配し、 名前を呼ばれたら嬉しそうに振り向いて、 そんなふうに少しずつ、誰かと一緒に生きることを覚えている。
「もう会えなくなる?」と初めて聞いたあの日、 息子の中で“いなくなる”という概念が形を持ち始めたのだろう。 その問いは、世界を理解しようとする小さな手探りで、 その手探りを見つけられたことが、私はうれしかった。
同じように、 “死ってなに?” “いなくなるってどういうこと?” そんな問いを持ち始めた子どもに寄り添える絵本がある。
📘 そっと寄り添う絵本たち
息子の言葉を聞いたあと、 「どう伝えたらいいんだろう」と考える時間が増えた。 そんなときに手に取った絵本がある。
● いつでも会える
大切な人との別れを、静かで優しい言葉で描いた絵本。 “いなくなる”ことを怖いものとしてではなく、 心の中に残る温かさとして伝えてくれる。
● うさこちゃんの だいすきなおばあちゃん
ミッフィーのシリーズで、3歳でも入りやすい。 “もう会えない”という出来事を、 やわらかい絵と短い言葉でそっと包んでくれる。
● ずーっとずっとだいすきだよ
別れを悲しみだけでなく、あたたかさとして描いてくれる絵本
どれも、 「死ってなに?」 「いなくなるってどういうこと?」 そんな問いを持ち始めた子どもに、 そっと寄り添ってくれる絵本だと思う。
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