1歳半健診で指摘された日から始まった、小さな揺れ

1歳半健診で「取り掛かりが遅いですね」と言われた日のことを、今でもよく覚えている。 家では積み木を三つ、そっと積み上げることができていて、「すごいね」「がんばったね」と心から思っていた。 その小さな成長が、わたしの胸の奥をふっとあたためてくれていた。

だからこそ、健診で言われたその一言は、思った以上に深く響いた。 家で見せてくれる姿を知っているのに、初めての場所でうまくできなかっただけなのに、 その瞬間だけ切り取られた評価に、静かにショックを受けた。 ガーン、という音が心の中で鳴ったような気がした。

帰り道、わたしはすぐに療育センターに電話をした。 何か見逃しているのではないか。 もっと早く気づくべきだったのではないか。 そんな焦りが、胸の奥でざわざわと広がっていた。

けれど返ってきたのは、「予約は3か月待ちです」という静かな声だった。 その3か月が、途方もなく長く感じた。 ただ待つだけの時間が、こんなにも不安を大きくするのかと驚いた。

半年ごとの面談と、ゆっくり進む息子の成長

それでも、時間は静かに流れていく。 そして、息子はその時間の中で、驚くほど変わっていった。

半年ごとの面談が始まった頃、息子はまだほとんど言葉を話さなかった。 声は出すけれど、意味のある言葉は少なくて、 その静けさが少しだけ心に影を落としていた。

担当の先生は穏やかで、息子の様子を丁寧に見てくれた。 「慎重な入り方をするタイプですね」と言われたとき、 ああ、この子はこの子なりのペースで世界を見ているんだ、と少しだけ肩の力が抜けた。

言葉が増え、世界が広がっていく

それから半年。 気づけば息子はおしゃべりになっていた。

最初は「パパ」「ママ」「せんせい」。 名前を呼ぶたびに、世界が少しずつ形を持ちはじめたように感じた。

やがて「しつれいします」「おねがいします」と言えるようになり、 その小さな体から出てくる言葉に、社会の扉をそっとノックするような気配があった。

言葉が増えるたびに表情が変わり、 人見知りをするようになり、 好きなものを語りたがるようになった。

今ではアンパンマン博士だ。 キャラクターの名前を次々と言い当て、 物語の細かな場面まで覚えている。 誇らしげに説明してくれる姿を見ると、 あの日の不安が少しずつほどけていくのを感じた。

大人の真似をするようになった息子

最近、息子は大人の真似をするようになった。

歯磨きをするときのしぐさが、ふと夫に似てきた。 コップを持つ手の角度や、口をゆすぐ前の小さな“間”。 そこに小さな夫の姿が見えて、思わず笑ってしまう。

そして、相槌の打ち方は完全にわたしだ。 「うん」「そうなんだ」と返す声のトーンまでそっくりで、 自分を見ているようで不思議な気持ちになる。

子どもが大人の真似をするということは、 ただの模倣ではなく、 世界を自分の中に取り込んでいく過程そのものなのだと思う。

静かににこにこ頷く姿に、わたしを見る

とくに、静かににこにこ頷く姿は、驚くほどわたしに似ている。

言葉よりも先に気持ちを受け取って返してくれる。 その静かな相槌は、わたしがいつもしているものとまったく同じで、 「今の完全に私じゃん」と笑ってしまう瞬間がある。

息子の中に、わたしの時間が流れているのだと思うと、 胸の奥がじんわりとあたたかくなる。

寝る前の布団の中で聞かれる「ぼくの好きなところを教えて!」

そして最近、寝る前の布団の中で、息子はよくこう聞いてくる。

「ぼくの好きなところを教えて!」

暗い部屋の中で、その小さな声がふわっと響く。

わたしが 「優しいところと、かわいいところと、おもちゃを大事にするところと…」 とゆっくり言葉を選んで伝えると、 息子はうれしそうに、静かに、にこにこ頷く。

その頷き方が、驚くほどわたしに似ていて、 ああ、この子の中にわたしの時間が流れているんだ、と 胸の奥があたたかくなる。

ゆっくり育つ息子と、わたしの願い

1歳半の頃、取り掛かりが遅いと言われて揺れた日から、 こんなふうに自分の“好きなところ”を聞けるまでに成長した。

あの日の不安は、今の成長の中で静かに形を変えていった。 ゆっくりだったけれど、確かに育っている。 その事実が、わたしの心を静かに支えてくれる。

息子が真似する世界は、優しいものであふれていてほしい。 そう願っていたけれど、 最近は、もうその世界の中にいるのだと思える。

静かににこにこ頷くしぐさも、 寝る前に「好きなところを教えて」と聞く声も、 わたしが毎日積み重ねてきた時間の写しだ。

ゆっくり育つ息子の世界は、思っていた以上にあたたかい。

半年ごとの面談は、 「問題を探すため」ではなく、 「成長を見守るため」の時間だったのだと、今なら思える。

息子は自分のペースで世界を広げていく。 その変化を、わたしはこれからも静かに見守っていきたい。

あの日の“ガーン”は、今ではもう遠い記憶になりつつある。 代わりに胸に残っているのは、 寝る前の布団の中で、うれしそうに頷く息子の姿だ。

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